|
|
| 養豚場紹介 |
|
|
まずは、奄美の人々と豚との関係について、お話させていただきます。奄美の人達は昔からよく豚肉を食べてきました、35、6年前まではそれぞれの家庭の庭で豚小屋があり、どの家庭でも1、2頭の母豚を飼っていました。
家庭から出る残飯や、農業の残野菜等で養い、その廃物は堆肥として農業に活用するのが一般的でした。
年に2回ほどバクロと呼ばれるおじさんが大きなオス豚を棒で追いながら、各家庭の母豚に種付けに回ってくるのを子供ながらに怖さ半分、面白さ半分で遠巻きについて歩いたのを思い出します。
奄美の風習では、お盆、正月に出産の終わった豚を一家総出で堵殺し、その豚肉を食べるのが御馳走であり、栄養価の高い蛋白源でした。それほど、奄美の人々と豚との関係は切っても切れないという関係だったのです。
父が33年前に精肉店を開業し、その当時は、田舎の農家を回って生きた豚を買い取り、途中の小川で堵殺してお店に運んで来ると、お客さんが列を作って待っていてあっという間に売り切れるという、それほど豚肉が売れる時代でした。 |
|
|
奄美の人への安定した供給を考えて、昭和52年に始めたのが今の「こだわり養豚場」です。
畜舎は高台の山林の一角にあり、繁殖用の棟、お産、生育用の棟、出荷用の凍と3棟に分かれています.
79歳の父もまだ現役で元気にがんばっていますが、他に3名の社員がそれぞれ畜舎内の清掃、出荷運送、残飯の回収、豚への食事を与えると流れがあり、最後の作業は夕方に放し飼いにした山羊を集めて小屋に入れ、片付けをして家路につくというのが普段の一日の流れです。いずれは豚も放し飼いのできるような広い養豚場にして、野性味あふれる豚を育ててみたいと思っています。 |
|
|
トップページでもご説明していますが、当店は残飯飼料による普通の2倍という育成期間で、ゆっくりとのんびり豚を育てています。豚の飼料は、毎朝6時前に豆腐屋さんからオカラを回収してきて、学校給食などの残飯といっしょに大きな釜に入れて、薪を使って炊いています。
お産の時期は、見守りながら事故のないように管理し、子豚が45日を過ぎるころには母豚から離し、オスの子豚は60日目位にいっせいに去勢をしてしまいます。
薬がなかった昭和初期時代のように、豚が下痢をすると、近くの山から赤土取ってきたり、時折牧草も刈ってきたりして与え、豚本来の野生本能による自然治癒力を活かして治療しています。
大量生産の現代社会の中で、昔を懐かしむことも多くなった時代ですが、父のこだわりも有り、未だにひとつひとつ手作業で手間隙かけて育てています。
|
|