| ■年末断捨離、AKB48ヲタ質問 |
2011/12/31(土)  |
昨年は大雪だったが今年はうららかな大晦日。懸念の年賀状も出せて割にゆっくりしていた午後、急に慌ただしくなった。セージが2階から次々に押し入れ物を下ろしてきたからだ。そのほとんどは私がらみのものでセージはクローゼットを本来の姿にすべく行動に移したのだった。1階の居間にどんどん溜まっていくのでこれはどうにかしなくては。で、8割方捨て去ることにした。使うかも知れない、思い出があるなどで結局はゴミになっていたものを次々にロープでくくりベランダに運び出した。きれいになった部屋を見ると気分も返ってすっきりする。その中で長年行方不明だった旅行用の小バッグも見つかった。なーんだ、こんなとこにあったのか。
夜はゲンちゃんも久々にシャンプーした。嫌がって逃げてもムダよ。明日は久々田舎に連れて行くからにはきれいにしとかなきゃ。
食事は家族そろって年越しそばにスキヤキでこてる家恒例だ。TVは「ガキの使いやあらへんで」の笑っちゃいけないを見つつもや紅白はAKBやら芦田愛菜ちゃんやら前半をさらっと眺めた。
その時、AKBヲタ(オタク)のテルが私にAKBのオタク具合を確かめてやると二つ質問をしてきた。それは「AKB48の始まりである初舞台は西暦何年何月何日か」と「これまでのシングル曲をインディーズ時代のものも含め順に全部答えよ」というもの。ほほう。一般人やつい1ヶ月ほど前の私なら全く答えられなかっただろう。しかし毎日曲を聴き、情報をネットなどでチェックしている私には程よい質問だった。
最初のは「2005年12月8日」と即答だ。ジョン・レノンの日本時間での命日でもあり、今年は真珠湾攻撃70年目の日でもあり覚えやすい。問題はシングル曲名だが初期の頃は少しあやふやでも自信があった。インディーズ(自主製作盤)は2曲で「桜の花びらたち」ついで「スカートひらり」だ。次からメジャーデビューで一番耳にする「会いたかった」がその1。2番目の「制服が邪魔をする」はセージ曰く「歌詞がださい」、というのも「♪なんで渋谷は夜になるのがこんなに早いの?」という出だしだからだ。渋谷という固有名詞や援交を匂わせる内容にギャップを感じたようだね。で、次がさらに秋元康がこんなのも書けるんだといじめと自殺をテーマにした今となってはかなりの異色作「軽蔑していた愛情」、そして今のAKB曲調に通じる「BINGO!」と「僕の太陽」はセットで覚えている。次がすぐには出てこない。しかし私はメジャー第7作目が「ロマンス、イラネ」ということを知っているので(NHKリクエストでのナレーションで覚えてしまった)どうにか思い出せるはず。そうそう、秋元康が一番好きで勝負曲だと思っていたのに全シングル中最低の売り上げ枚数に終わったミディアムテンポの曲、第6作「夕陽を見ているか?」だ。当たっただろう。
これ以降は大丈夫。第8作が「桜の花びらたち2008」は販売法で問題となりデフスターレコーズから契約打ち切りとなり、次作の「Baby!
Baby! Baby!」はCD発売出来ずに限定配信曲となった。そのためこの時期「AKB48のメンバーやスタッフの間にAKB48はもう終わりかも知れないという空気が蔓延することになった(高橋みなみ述懐)」という。そして次がよく話題にする「大声ダイヤモンド」だ。先のNHKでもメンバーが「私たちの8ヶ月ぶりのシングルです」と紹介したのに私は最初引っかかった。8ヶ月ぶり?随分間が空いているじゃない。売り込み時期におかしいと思って調べ始め、キングレコードへの移籍や姉妹グループSKEの立ち上げ、まだ小学生の松井珠理奈大抜擢などして本当の意味での勝負曲としてプロモーション活動を一気にやり始めたことを知った。
この後からは経済で言うならまさに高度成長期状態となる。「10年桜」「涙サプライズ!」「言い訳Maybe」と2009年は認知度が高まり「RIVER」で週間チャートはとうとう1位になった。これ以降は「桜の栞」「ポニーテールとシュシュ」「ヘビーローテーション」「Beginner」・・と言うと、テルは「もういい(分かった)」と降参状態。へへー、どうだ。小学生の頃から例えば徳川将軍15人とか足利将軍15人など歴代の人物などを順に覚えるのは好きで得意だったんだぜ。とはいえテル曰く「初期の曲を知っている人はほとんどいない」そうだから私も立派なAKB48ヲタになったていうことか。
その後紅白を見ていたつもりが気がついたら床寝して年が明けてしまっていた。「明けましておめでとう」あれ、誰もいないヤ・・。 |
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