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■痛風の全てを教えます(2002/3/17記)
| 2011/09/21(水)  |
困った・・・。 今日は日記に書くネタが多すぎるのである。メインになるネタが少なくとも三つはある。 朝の「おはようボウリング」昼の「痛風の講演会」夜の「デジカメ購入」。 それぞれが十分に日記ネタとしては使える。しかし全部書くのは時間と労力が大変だ。 さてどうしようと思案しているうちに眠たくなって結局書けずじまい。寝てしまった。
よし分かった。 今日書かないといけないのはやはり「痛風」だろう。 翌3/18の南日本新聞にも大きくこの会の記事は載っていた。 一日遅れになったしまったが、今書かねばしらけるというものだろう。
3/6の日記「趣味は痛風」に書いたが、「こうなると早めに行かないと座れないかも」は当たっていた。 私はトーフクのおはようボウリングのあといったん帰宅し、 シャワー、昼食とやったたため、車で着いたのが20分前。 止める予定だったダイエーのパーキングはずらっと並んでいて間に合いそうもなかった。 ここでハタと困り、思いついたのが高麗橋近くのその名も「納病院」の駐車場。 行ってみると2台分空いていた。 私はここの病院に週1回勤務していたことがあるし、 なにせ「納」大先生に聞きに来なさいと言われている身分。文句はなかろう。 県医師会館までは歩いて5分。開始5分前に着く。 しかし、宣伝が効いていたようでやはりメイン会場には入れなかった。 一階下の中ホールに誘導されるもここも結構つまっていた。 後で聞いたところ受付の1時半でもメイン会場には入れなかったそうだ。(新聞によると800人!も)
最初の演者は日本の痛風研究の端緒を開いた御年80才の御巫(みかなぎ)先生。 この人、神主みたいな名前だと書いたが、家は何とやはり神主、それも由緒正しき伊勢神宮の神主さんだった。 で、話の内容はというと、「痛風には三つの不思議があって・・・」 すみません、そのあと寝ちゃいました。 いや面白そうな話だったんです。 でも、いかんせん朝6ゲーム投げ、メシ食ったあと満腹状態の薄暗いホールの中といったら・・。
ふと気がついたら、二人目の鎌谷先生の話が始まるところ。 こちらは「痛風とは」から始まり、予防、治療など素人にもわかりやすく講演してくださった。 印象に残ったのは都会的でスマートなそのしゃべりくち。 NHKの「今日の健康」に出てきそうな先生だった。調べてはいないがきっと出ておられる方だと思う。
休憩時間に知り合いを見つけた。 おや、あれは2内科の後輩にして元鹿大医ボウリング同好会出身の「困る」先生じゃないの。 聞けば「こてる日記」からの情報で知ったとか。 奥さんが日記の「愛読者」とか言ってたぞ。(毎度ありがとうございます) 次回の納杯ボウリング大会にも出てみたいとか。 かつて何回か優勝したことのある堅実ボウラーだ。こりゃ楽しみだね。 (2001/12/22の日記「ゲロおさめ」に彼のことをちょこっと書いていた)
休憩後、いよいよ納教授の「専門医が痛風になって-患者の立場からみた痛風-」の始まり。 大体、ゲストがトリを務めるものだが、ここではホストが満を持しての「本日のメインイベント」である。 「日本の痛風のNO.1とNO.2の先生」(あとからは「二人の第一人者」と言っていた)と持ち上げてはいた。 しかし何よりしゃべりたくてうずうず、そしてどうだと大見得を切りたかったのは納先生自身であったのだ。 一般市民はもちろん第一人者たちにも聞かせたかったのである。 それを現実に出来る、やってしまうパワーとエネルギーには恐れ入った。
内容は南日本新聞から抜粋しよう。 「痛風を専門分野の一つとする第三内科教授の納院長は、 「昨年8月、突然右足の指の付け根に激痛が走った。何で専門医のオレが…」と切り出した。 しかし若いころから大量のビールを飲み続けていたとして「患者になるべくしてなった」 その後は自分の体で「人体実験」 痛風治療の指標となる血中の尿酸値の変化に注目、実際に飲酒と禁酒を繰り返したり、 出向いた文部科学省でストレスを受けたときの相関関係を調べた。 この結果、「尿酸値は毎日大きく動いていた」と“研究成果”を披露した。 納院長は「初めて患者の気持ちで病気を考えることができた。 この体験を生活習慣病の診療などに役立てたい」と締めくくり、大きな拍手を浴びた。 医者の不養生ともいえる体験談はユーモアにあふれ、満員の800人で埋まった会場は爆笑に包まれた」
面白かった。自らの体験を交え、執念とも思える人体実験は呆れを通り越し脱帽であった。 それとコンピューターのプレゼンテーションソフトを有効に駆使していた。 あれは優秀なPC使いが3内科にいるに違いない。還暦になったばかりの先生がとても自作したと思えなかった。 (後日この日記を読んだ先生が唯一「抗議」したのがこの箇所でした。 「あれはすべて自分がコンピューターを駆使して作った」ということです。 これはこれは失礼いたしました。) あと、タイトルであれ?と思ったのは、納先生って痛風の専門医だったっけということ。 少なくとも私は初めて知った。いや、今となってはまぎれもなく専門医だからいいんだけど・・。
講演が終わって聴衆からの質問コーナー。 これが意表を突いた。私にとってはこちらの方が興味深くもあったのだ。 シ、シロートとは・・・う〜ん、す・ご・い。
最初の質問者はいきなりこうだ。 「痛風の患者の99%は男だとおっしゃる鎌谷先生の話は私には信じられません!」 この男性の妻は足や腰がダメになり歩くことさえままならない、 トイレに行くのも犬猫のように這いつくばねばならないくらいなのに、というわけ。 おいおい、それって痛風の症状と違うんじゃないの? 案の定、「痛風で腰が痛くなるというのはほとんどありません。よく先生に相談なさった方がいい」
次。中年男性。 「20代のころから尿酸値が高いと言われたが薬を飲むのがいやだったので、 某クリニックの先生の本を読んで玄米菜食中心の食生活に変えた、 肉・たまご・砂糖・牛乳・クリーム・コーヒーを摂らないようにした、 そのあと3回くらい痛みが来た、このままの食生活で痛風に今後ならずにすむだろうか?」 おいおい、もう痛みは来てるじゃないの。痛風なりまくり! 案の定、「そのままでは不十分でしょう。尿酸値を計ってきちんと治療された方が・・」 納先生の話を聞いたかな。少量の薬を飲んだら適当にビール飲んでもほとんど尿酸値は上がらないのよ。 この医療の進んだ時代なのにその恩恵をまるで拒否するかのようだ。 民間療法に近い治療法へなびく人の多いことよ。
その次の人。声からして高齢の女性。 「今日はとてもいい話をお聞きしました・・・」 私は33才の時から左脚の痛みが始まり今では体全体が痛む。 ツーフーじゃないかツーフーじゃないかと思い、あちこちの病院を周り巡った。 痛風じゃなかろうといわれたけれど、今日の話を聞いて明日にでも納先生の病院を尋ねてみようと思う。 ところでヲサメ病院はいくつかあるようだけど、どっちにいったらいい? ここで壇上、聴衆両方から笑いが漏れる。 苦笑しつつ納先生が返事。 「この建物の隣のクリニックは兄がやってて高麗橋の病院は弟たちです。私は鹿児島大学付属病院なんです」 納兄弟は4人とも医者であった。 それにこの人の症状も痛風というよりリウマチかなんかじゃないの? 案の定、「リウマチもしくは整形外科の先生に診ていただくほうが・・・」と言われてしまった。
私は思った。 「痛風」という字面からして痛みのくる病気なら何でも痛風かと勘違いしている人が多い、 それと脳卒中の昔のことば「中風(ちゅうふう)」と似ているためかこれとも勘違いしている雰囲気もある。 しかしこれが素人の現状なのだ。 医学的知識、それもきちんとした知識を正確に知っている人は少数なんだろう。 病院の中にいると案外気付きにくいものだ。
さて、そろそろ質問コーナーも最後のひとりか・・5時には両先生とも帰京されるという。 しかしこの、結果最後になったご高齢の教養の高そうな御婦人。実は最強の質問者だった。 始まり「私は御礼を申し上げたいと思います。私はこの会に何としても馳せ参じたいと思い参りました」 この時は納先生にこにこ、御巫先生あごに手をやって聞いていた。 1分後「3年前東京からこちらに来て、夫が突然痛風を発症しました・・」 納先生にこにこ、御巫先生下を向く。 2分後「最初は外科に飛び込みました。何かバイ菌が入ったのではないかと思い・・」 納先生うなずき、御巫先生腕を組み、鎌谷先生は姿勢を崩さずじっと聞いていた。 3分後「大学病院に行ったら2内科を紹介されたところ、行くたびに先生が代わり、 これはちょっと(おかしいのではないか)・・」 納、鎌谷先生動かなくなった。御巫先生肩が落ちてきた。 4分後「ある方から痛風の本をもらいました。私は熟読しました。3回も読みました・・」 3人の先生、カタまったまま。 5分後「その本の末尾に鹿大3内科丸山芳一とありました。(今日の司会の先生だ) そこで丸山先生に診ていただき大いに安心したわけであります・・」 納先生少しイラ?御巫先生額に手をやりうつむいている、寝ているのか。 6分後「薬も半量になりそして一日おきになりよくなりました・・ その本を読みますと痛風友の会というのがあるとか・・」
??・・・ おいおい、このおばはん何が言いたいんじゃ。会場の空気は2、3分前からおかしい。 ここで納先生、意を決したようだ。 「はい、わかりました。質問というのは友の会にどうしたら入れるかという・・」 「え?いえいえ」 「それでしたら受付に置いてありますよ」 「いいえ、それは結構なんです。もう今は友の会に入る必要はないんです。丸山先生がいますから」 「わかりました、それで・・質問は何でしょうか?」 この辺でもう、私は笑わずにはおられなかった。最強の質問者とはいつまでも質問しない人のことだった。 7分後「はい。質問はですね。 高尿酸ということで一生薬を飲み続けなければいけないのでしょうか? 薬を止めればまた高尿酸になるのでしょうか?」 思わずズッコケそうになった。 おい!こら!10秒で済む質問やないか。 俺たちゃ、延々7分もの間「痛風身の上話」に付き合ってたんかい。 礼儀正しく丁寧な物言いで教養のありそうなこの御婦人、止めなければあと30分はしゃべってた。 お目が覚めたか、御巫先生が最後に「止めれば戻ります。体質と言っていいです」でちょんちょんだった。 会場からは笑いが漏れ、ようやくお開きとなった。
会館から外に出るとなんとフサンコ従兄がいるではないか。わざわざ田舎から来たのか。 おお、そう言えば以前彼も痛風発作が出たことがあった。 「新聞で知ったんでしょ」 「いいや、お前の日記でだよ。あとから新聞の記事も見たけどね」 おっとー、少なくとも二人は「こてる日記」に触発されたわけだ。 彼は納先生の話がやはりおもしろかったらしい。 いや色々とためになる講演会であった。
帰宅する前に電器屋に寄るつもり。 悩んでいたデジカメ機種、ここ2週間の検討に次ぐ検討でようやく結論が出たのだ。 機種は決まった。あとはどこで買うか、あるいはネットで注文か。 そして帰りがけ、友人の店である「バンバ電器」は通り過ぎ「ヤマンバ電機」に向かっていったのである。
(なんと「こてる日記」史上、最長の日記となってしまった。 あの昨年の2/10の2回に分けた「並ぶはTDL」より長い!)
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