硫黄島(喜界が島)紀行
手付かずの大自然満喫
二日目 島内観光

孔雀くじゃく
潰れたホテルが放置した孔雀が野生化して、いまや住民より多くなり、島の至るところで見られる。
早く起きた連れ達は外へ出かけた。昨夜民宿の女将さんが、早朝だと裏のお墓で孔雀の羽を広げているのが見られると言っていた。
私も、後から出かけた。5時前で、どうにか明るくなっていた。夜も猫の鳴き声か・鶏なのか変な鳴き方をする。一日吠えている様だ。
声のする方に、小学校を回り、捜す。薄暗い松の林で声がする。そこは、壇ノ浦で入水して死んだとされる安徳天皇他供の10こばかりの墓石が存在する。安徳天皇は密かに助けられ、種子島浦田から海士泊経由の来島伝説があり、その末裔もいるとか。
(安徳帝や平家落人に関する南の島や鹿児島での物語は、また別項をもうけてみたい)
墓石もそれらしい時代がかったものだ。孔雀はその陵の松の樹上にいる。すぐ別の枝に移る。やはり、色は綺麗だ。
民間の墓の方に回ったら先に出た彼らと会い、撮れたと言う。羽を広げていた、と。でも暗かったから・・
孔雀はこのあと、牧場や道路で至るところで見られた。白い孔雀もいる。求愛の時期にも入っている。それを後ほど牧場で見かけた。
残念ながら、場所が遠かったし、車内からだった。おまけに、望遠の使えるデジカメが、「記録できません」ときた。最悪。

左メスに向って羽を広げ求愛するオス 白いクジャクもいる。ここもバック大名竹 安徳天皇陵の松の木


温泉
硫黄島には、普通に行けるところに、二つの温泉がある。ひとつは、東温泉。もうひとつが坂本温泉。地元の人は、坂本温泉の方が身体になじむ泉質だと言う。私は、東温泉が良いと感じたけれど。
ダイナミックな自然がより強いのも東温泉だし、こちらの方が絵になる。

普段は忙しいのだが、民宿の客全員昼食がお弁当になったことだし、今回は特別に島を車で案内して頂くことになった。
10時過ぎ、その葉っぱでくるんだ包みの弁当を持って出かけた。飲み物は自販機のお茶を4本買ってでかけた。

まず、港の左にある高い崖の上に向う。下からそこに赤い橋が掛かっているのが昨日から気になっていた。
最近は恋人岬とか、洒落た名前になっているが、岬公園展望台に向った。正面に屋久島、右手に口永良部島が見え、
後に、港や、住民の住んでる集落が一望。その右に稲村岳、後ろに硫黄岳が噴煙をあげている。
港から流れ出る赤い硫黄の帯が見える。
帰りには、例の赤い橋の上で止まり、歩いてみた。ノドキンである。最初に、ここに登った人はプロ中のプロの人だったが、その人が墜落死を考えたと言うほどのもの。ひびが入ったように見えたところから橋が崩れないかと、ヒヤヒヤするくらいだから。
岬の途中から左に曲がる。岬の上から平になって、広い。飛行場がある。薩摩南端枕崎空港からの小型機が不定期で飛ぶ。
牧場もある。立ち枯れの松が、これも絵になる。牧場の中にある。牧柵の上では、牛の監視のように、孔雀が止まっている。
開墾してない所は、大名竹の林だ。道路に竹の子が放り出してあり、車を停めたら笑い声がする。おかみさんが声をかけたら知人で、竹の子取りをしているとのこと。昨日の夕食で腹いっぱい食べた。母のやり方と違い、勿体無い取り方・茹で方だ。
いっぱいあるから、節など残して・じゃなく、一本で一口分しかとってない。我が家では、節を外して細かく1本で5つほどにしても部分利用をするのに。これだけの竹があれば、面倒なことは・・分かる。
噴火の折の避難港も見る。風の関係でいち時期ここに、荷揚げしたこともあったと。急な崖の上り下りだ。
下に下り、昨日の東温泉に行く。ゆっくりしてもいいですよ」とおかみさん、岩場に向う。写真だけ撮るつもりだったけど、足だけ・ついで全部はいってしまった。入るつもりでなかったのでTシャツで拭いた。カメラしか持って行かなかった。
ざるを持ってきたおかみさんは、岩場で器用に貝を取っていて、今夜のおかずにするという。そう言えば、岬公園でも、植物の芽を折っていた。
島の北側に向う。平家城。硫黄岳も前見たところの反対側だ。ここは、平氏討伐が来ないか見張ったところと言う。どこでも島の回りは硫黄排出のため、海の色が、白や黄色くなっている。
平家城で昼食の予定だったが、先の坂本温泉まで行くことにした。温泉の岩場でも、おかみさん貝取り。そのあいだゆっくり、温泉に浸かる。引き潮を狙っていったので、ピッ足し。しかし、熱い。私にはかろうじて入れる。45度くらいか。
隣の境を開けて、それと混ぜる。隣は冷たい。
ここで昼食をとる。いま採ったばかりの貝を温泉で洗いゆがいて、新鮮な生の貝は美味い。
沖の海上では、珊瑚採りの船がいる。


  シマッタ。貝を写し損ねた。
昼食後戻りがてら、俊寛堂に寄る。ここは、平家打倒の計画を立てた、藤原成経・平康頼とともに島流しにあった僧俊寛の庵跡で、大名竹のトンネルを抜けて入る。
皮肉なことに、この島に後日、安徳帝や平氏落人が住むことになったという、伝説が史実ならば。
下は苔むして、両側は竹林。竹の子もポツポツ出ている。お参りして戻る
船の時間まで1時間半もあり、民宿で休む。2時になって港に向う。30分ほどで船が着き乗りこむ。
狭い島ながら、自然がいっぱいで、車でないと存分に見て回れない。民宿のおかみさんに感謝。

薩摩紀行に戻る     日本の四季表紙      南薩摩表紙     南薩温泉