ミックス・ビジネス #1

1.映画館にて

 照明が静かに落ちていく・・・・スクリーンにかかっていたカーテンは全開になり、本編の始まりを予感させる。一番後ろの席に座っている川原三平は、ポップコーンを食べる手を休め、スクリーンを凝視した。聞こえてきたのはケミカルブラザーズの「LEAVE HOME」。画面が赤、青、白、黒、黄色、緑、ピンクなどカラフルに明滅し、甲冑姿の男たちが雄たけびを上げスクリーン狭しと駆けずり回る。ビートに合わせたストップモーションと赤の背景に、鬼の形相をした男が黒く浮かび上がった。期待以上の出来だぜ、三平は思わず、つぶやいた。が、別に、三平は、それほど映画好きというのでもない。というより、嫌いな部類に入る。2時間も椅子に腰掛けて、誰だか知りもしない奴の説教を、わざわざ聞くようなくだらないものだと思っていた。だから、購入したパンフレットに添えられているコピーライトの意味も、ほとんど理解できていない。ぶっちゃけ彼が理解できたのは、固有名以外の言葉のつながりだけだった。

  クロサワ映画をブルースリー的解釈によって再構成し、「時計仕掛けのオレンジ」の色彩を溶け込ませ、エレクトロニクスミュージックで爆発させた傑作の登場!

 しかしそれでも三平は、「期待以上の出来だぜ」と、再び鼻息を荒くした。フゴッ。

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 馬、人、血、あぶく、怒号、汗、悲痛な叫び、よだれ、鉄と鉄のぶつかりあう音、それから、とにかくやたらめったらの砂埃。その砂埃の中にチラチラと見えるいくつもの旗。遠くからだとその旗が揺れる様子は、まるで見えない下半身をぶらさげた股引のようだ。混乱の外からでは、中心で一体なにが起こっているのかほとんどわからない。案外、敵も味方も入り乱れ、裸のいんぐりもんぐり大会でもおっぱじめているのかもしれない。

 で、俺めがけて飛んできた矢じりに気を取られている瞬間に、啓介のやつはどこかへ消えていた。あいつ、逃げ足だけは超一流。
 「クソ」
 手綱をひいて混乱の渦から離れる。雲ひとつない空に張り付いた残酷な光体が、まるで本物の太陽のように眩しい。高い、高い、虚像の空。
 JOY・BOX・Ver.35:通称JBの名で呼ばれるバーチャルリアリティゲームが作り出した仮想現実空間。俺と啓介は、今、JBのソフトの一つ「リアル・バトル・オブ・サムライ」にエントリーして戦っている。一言で言えばサバイバルゲームの合戦版みたいなもん。敵と味方にわかれ相手の大将格を先に倒したチームが勝ち。けど、俺と啓介は、金を賭けてガチンコ勝負をしているわけで、どっちのチームがどうなろうと、実はそんなこと全然関係ない。チームを組んで戦うっていう、20世紀の大学サークル的な発想が、俺と啓介の肌には、まったく合わない。だいたい、そいつらって、朝早くからみんなで集まって、ココアをちびちびやりながら綿密に作戦会議なんかしてやがんの。ありゃ、勝利した夜はパジャマパーティでも、やってんじゃなかろうか。
 ま、そういうわけで、俺たちは、いつも飛び込み参加で戦っている。今のところ19戦15勝3敗1引き分けで、俺の圧勝。で、今日も俺の勝ちはほとんど決まったようなもん。なぜって?なぜなら、啓介は、さっきの戦いで刀を落としてしまいやがったから。ププッ。アホアホ。だから、キャツに残された道は、ただ一つ。ゲーム終了までの時間をなんとか逃げ切って、勝負を引き分けにもちこむこと。それのみ。
 んーん。そんなことさせるわけにいくかっつーの!

 ああ、そうそう。ちょっと流れは無視して、一応このゲーム(JB)の説明をここでしておくと、ゲームには各人が、やりたいような格好で参加できる。鎧と兜、それに刀というオーソドックスないでたちが普通だ。ホスト・コンピューターがこの組み合わせに高い数値をわりふるようプログラムされているらしい。ただ、ちゃんとそういう格好をしてエントリーしなければならない。Tシャツで会場に来たら、Tシャツでエントリーさせられるのだ。普通は、更衣室で着替えて、スキャンルームに入り、コンピューターに、自分の格好をスキャンさせる。組み合わせや武器・防具の形によっては、オーソドックスなスタイル以上の数値をたたき出すこともある。だから、中にはエレキギターを持ってオールドパンクスの格好をした奴や、スーツ姿で刀を振り回している奴、あるいはジャンプスーツのみで武器もなにももたずに駆け回っている奴もいる。(個人的に言えば俺は、こういう奴ら嫌いじゃないね。)聞いた話によると、どういう武器や防具がどれくらいの数値をたたき出すかは、実際、プログラマーもよくわかってはないらしい。JB用にコンビニで売ってある典型的なプラスチック・ソードを持ち込んだ場合、だいたい120前後の数値がわりふられる。ついでに「トリビア」的な知識を。

男性の場合は全裸でエントリーしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ イチモツが「武器」と認定される

 プログラマーのちょいとした遊び心だ。(個人的に言えば、こういう遊び心は嫌いじゃないね。)まぁ俺は、全裸でエントリーしたことはない。あんまり誇れるようなモノじゃないからさ。一度だけ、BYJ.CO(バクシーシ山下ジュニアコーポレーション)でAV男優をやっている友人のマイケルが、裸でエントリーしたことがある。彼のイチモツは、89〜115の好成績をたたき出したという。この数値の振れ幅は、いわゆるしょぼくれた状態と張りきった状態を意味している、とマイケルはうまそうにタバコをくゆらせながら俺に語った。その時のマイケルの遠い目が、今でも忘れられない。

 そして、俺が、混沌の渦から遠く離れても、啓介の姿は見当たらなかった。


 …to be continue?

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