美しきもの


クリスマスが近づくと世界中のサンタクロースへ、おねだりの手紙が山のように届く。
一人のサンタクロースのもとに、変わった手紙が届けられた。

「『春風を少し』?」



今日は少女に何を話してあげようか。
冷えた空に冴える星の輝き、
それとも
色づき始めたポインセチアの鮮やかさ、
それとも…



ムシが少女と出会ったのは秋風が吹き始めた頃だっただろうか。
ムシは暖かい枯れ葉の寝床で春を待つために樹を下りてゆくところだった。
少女はそんなムシをじっと見つめていた…見つめているように見えた。
気付いたムシは身構えた。
春が来て成虫になり、美しい翅(はね)を手に入れてしまえば話は別だが、
今のムシは人間に見つかると、
最悪なら、ひねりつぶされてしまう。
しかし実際には
ムシは少女の瞳にぼんやりとした影を落としているにすぎなかった。
少女の瞳は、眼の役割を十分には果たしていなかったのだ。

その日以来、
ムシは毎日のように約束の場所で少女と会い、
ムシが目にした色々な美しいものを語ることが日課となり、
いつしか寝床に入る時期を逃していた。



「わたし手術を受けることにする。」

ある日、少女は突然に宣言した。

「あなたが話してくれた、キレイなものたちを見てみたいの」
「そして何より、あなたを見たい」

ムシの話を聞くうちに、
少女は手術への恐怖心を、術後の好奇心に変えることができたのだ。
ムシは嬉しかった。

「手術が終わって、会えるのは一週間後だわ。また、この場所で。」

少女はにっこりとして、ムシに手を振った。
ムシが少女の姿を見ることが出来たのはそれが最後だった。



少女と別れてから、ムシはふと不安に駆られた。
この姿で対面して大丈夫だろうか?



「どうしたんだろう?」

少女は約束の場所で待っていた。
いつまで経っても、彼女に勇気をくれた主は姿を現さない。



ムシの孵化したばかりの美しく弱い翅は
凍てつく空気に耐えられるはずもなく
少女のもとへ辿り着くのはできない相談だった。

きらびやかなイルミネーションと華やかな音楽に浮かれた街、
冷たい風に弄ばれ、枯れ葉とともに地面を運ばれてゆく美しい翅に
目をくれるものなど誰もいない。



ムシ ノ ママ デモ
ショウジョ ハ キレイダ ト イッテクレタ ダロウカ。


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