時は金なり


 その店に何故、足を踏み入れたかはサトウ氏にもわからなかった。
 店の中には細長い廊下が続き、両脇に不気味なほど精巧なマネキン人形が様々な格好で並んでいた。薄気味悪くなったサトウ氏が来た道を戻ろうとした時、奥の方から声がした。
「いらっしゃいませ。お買い上げでしょうか。」
「いや…そもそもここは何の店なんだね。」
「ああ、お客様は初めてですか。当店では『時間』の販売と買取を致しております。」
「お試しになりますか。」
「ふむ…仮に私の時間を売るとしたらどれくらいかね」
「一時間:拾万円になります。しかし、まずはお試しになってから…御不満なら時間をお返し致します。」
 そうして言われるままにサトウ氏は椅子に腰掛けた。そして、十分位が経ったと思う頃、掛け時計に目をやった。
「!私は一時間もここに座っていたのか?」
 サトウ氏は驚きのあまり、思わず声をあげた。
「いえいえ、お客様の時間を一部切り離し、私の手元に保管させて頂きました。お気に召したでしょうか。」
 サトウ氏は狐につままれたような奇妙な感じに包まれた。(しかし、何が変わったわけでもないようだ。もしかしたら、こいつおかしいのかもしれん。いやいや、私がだまされているのか…まあいずれにせよ、馬鹿げているにしても私は得をするだけだ。してみると…)
 サトウ氏は内心ほくそ笑んだ。それから度々サトウ氏はその店を訪れ、自分の時間を金に換えた。
 ある日のこと、あの店員が皮肉な笑いを浮かべながらサトウ氏にそっくりなマネキン人形を廊下の一角に並べていた。
「全く…人間て奴はどうして、こうも間抜け揃いなんだ。自分たちには限られた寿命しかないのを忘れてやがる。」
 そうして彼はまた奥の方へと戻っていった――新しい客を待つために…。ちなみに彼の名は『悪魔』というらしい。

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