壺中


店は小さく瀟洒で、置いてある商品は西洋のアンティークだった。


なぜか出てきた店員だけが濃紺に金繍がほどこされた中国服を纏っていた。
妻がはしゃいでいた通り、確かに美形だ。女と見まがうほどの美しい顔立ち。
どうやら店員ではなく店主らしいが
自分の美貌を十分自覚した物腰と、一つに束ねられた長く黒い艶やかな髪が嫌みな感じだ。


妻は好きに見て回っているようだから、私もぶらぶらしていると店主と同じく、この店には異質なものを発見した。
壺だ…。
白磁に赤と金で描かれた梅ヶ枝が目をひく。

「昔、梅鈴という、それはそれは美しい女がおりましてね。」

当の店主が不意に声をかけてきた。
紺地の衣と黒髪に縁取られた白皙の顔は、薄暗い店内にぼんやりと生首のように浮き上がり、妙に生々しい朱唇があやかしじみている。


「旧家の息子がこの女に惚れて周りの反対を押し切って妻に迎えました。
ところが梅鈴は、とんでもない性悪女だった。
夫の金でぜいたく三昧。
もちろん男も好みの者を手あたり次第に屋敷へ連れ込む。
それでも夫は惚れた弱みと妻の仕打ちにも、他人のそしりにもじっと耐えていた。
梅鈴はますます調子に乗り、とうとう夫の両親の金に手を出した…
ばれると舅をたぶらかし、うやむやにしてしまったのさ」



ただの昔話のはずなのに
淡々と語る店主の目が凄味を増すようで口を挟めない。


「かわいそうなのは姑だ。
おしどりのように連れ添った夫を若い嫁に寝取られ、病の床につくとそのまま死んでしまった。
夫はそれでも耐えていたそうですよ。」

「しかし梅鈴が夫の元に戻ることはついになかった。
家の財産を喰らいつくすと、梅鈴はあっけなく夫を捨てた。
泣いてすがった夫に梅鈴は高笑いで応じた。
 『そのご面相で私を引き止めようというの?』

夫の我慢は限界だった。
梅鈴の首を刎ね、家に残されていた唯一の財産である壺の中に閉じ込めた。

 『これで、お前はもうどこにも行けまい?』

夫は壺を抱きしめたそうですよ。」



「その壺がこちらですよ。」

店主の言葉にびくっとして
壺に触ろうとしていた手を引っ込めた。

「中をご覧になりますか?」

まさか。
私は首を横に大きく振ると、妻を探し慌てて店を出た。
外へ出ると日の光が暖かく、公園の梅は清々しく薫っていた。



私たちが店を出た後
あの店主が壺の中に広がるどろりとした闇に向かって

「誰も振り向かなくなった気分はどうだい、別嬪さん?」

と凄艶な笑みをくれたことなど私が知る由もないことだった。


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