

| 仙巌園の曲水の宴 |
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| ◆仙巌園 曲水の宴のはじまり | |
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仙巌園には、第21代島津吉貴(よしたか)の時代に作られたと推測される曲水の庭があり、 1959(昭和34)年に完全な姿で発掘されました。 規模の大きさは、世界一とも評され、各界から注目を集めています。 そこで、この素晴らしい曲水の庭の価値を、もっと多くの皆様に知っていただくために、 何とか古来の曲水の宴を復興できないものかと考え、往時の華やかな儀礼をしのぶことを目的として 開催しております。 例年、園内の「曲水の庭」で行われていますが、今年はあいにく雨のため、屋外の宴は取りやめとなり、 園内の御殿に会場を移し歌会として行われました。 |
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| ◆仙巌園 曲水の宴の特徴 | |
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参宴をいただいております。 披講者には、宮中歌会始でもおなじみの霞会館(かすみかいかん)披講(ひこう)会より、和歌の披講に お越しいただいております。 また、仙巌園の曲水の庭が中国の「蘭亭(らんてい)」によく似ているということや古くから中国との交流が 盛んであったことなどから、毎年中国大使館より大使や参事官をお招きしています。 |
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| ◆衣装について | |
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として、男性は束帯(そくたい)や狩衣(かりぎぬ)姿、女性は十二単(ひとえ)姿が主流です。 しかし、島津家が武家であったことから、江戸時代に侍従三位以上の武士の礼装であった直垂(ひたたれ)を 採用しています。また、女性は江戸時代の着物の小袖(こそで)の上に、武家の婦人の礼装のひとつである 打ち掛け(五衣 いつつぎぬ)を着用していただいています。 また、宴のお手伝いをしてくれる童児(どうじ)は、昔の子供の装束としても用いられた水干(すいかん)姿で 白丁(はくちょう)は白装束(しろしょうぞく)にわらじ姿で宴に参加してもらっています。 |
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