国際交流アドバイザー講演会・講演要旨


「私の見た鹿児島の国際交流」

フラー・ハルさん

'98-99鹿児島市国際交流アドバイザー

最近“国際化”はかなり聞き慣れてきた言葉です。
行政をはじめ子供から大人まで、色々な年代の人々が外国人を温かく迎えるために大きく“国際化”や“異文化理解”を叫んでいます。
しかし果たしてその目標へまっすぐ通じる道筋を歩んでいるのでしょうか。
私は日本に来てから、いつもこの疑問に対して考えています。
不思議に思うのは、経済的に上位にあり教育制度が発達している日本人が、外国人との接触となると“どうすればいいか”と迷ってしまっているということです。
日本人全員がそうであると言えませんが、確かにこの考え方を持っている人は少なくはないと感じます。


日本人がこんなに過剰に反応してしまうのは何故なのでしょうか。
理由はいろいろあると思います。
例えば、わずか140年前まで長い間鎖国をしていたり、島国のため地理的に外国人が近寄りにくく、接触の機会が少ないということだったりです。
しかしもっと僻地の国々は他に幾つもありますが、それらの国民は日本国民ほど“世界の他の国からかけ離れている”という感じを持ってないと思います。
日本は近ごろ“国際化”ということで積極的に外国との交流を進めていますが、まずは「外国人」「日本人」という意識をなくすことが大切だと思います。
皆さん、世界に心を広げるのに何が必要なのでしょうか?
異文化が深く身につくほど経験を積むことを目指しているのならば、どのように取り組めば良いのでしょうか。
例えば、外国へ行き、しばらくその国の雰囲気に浸るということは、たとえそれが短期間であっても視野は格段に広くなると思います。
しかし、長年外国に住んでいるからといって、必ずしもその人が国際的な人になるかというと、そうとは限りません。
何年も外国に住んでいるのに、まるでまだ自分の国に住んでいるかのように暮らしている人がいます。
これらの人は母国語でばかり喋ったり、地元の人と触れ合わなかったり、その国の習慣を知ろうともしなかったり、住んでいる環境を無視したりもしています。
たぶんその理由は、自分の慣習を変える辛さを感じたくないからでしょう。
日本に在住している外国人の中にもこういった人は結構います。
一方で、母国から一度も出たことがなくても、強い好奇心を持っているため、慣れていないことを挑戦する“やる気”があり、喜んで外国人の心を理解できるようになっていく人もいます。


それでは、国際化を成し遂げるために自分自身は具体的に何をすればいいのでしょうか。
まず第一歩は、自分の心の中を見ることだと思います。
確かに注意深く自分自身を観察していくと、外国や外国人に対し“固定観念”“先入観”といったものを持っている…ということが解るようになるのではないかと思います。
私が今まで観察してきて感じることは、日本の場合、国際的な人になることを妨げている一番の理由は「私はまず第一に日本人、次に人間だ」という意識が日本人の中で浸透しているということです。
日本人は外国人より優れていると思っているわけではなく、むしろ日本人は外国人に対して劣等感を持っていることが多いと思います。
しかし優越感にしろ劣等感にしろ、日本人は本来的に外国人と違うという意識から脱却しなければなりません。
また「言語の壁が国際交流の障害になっている」と思っていることも誤解だと思います。
英語が話せるから国際的な人だという観念は本当に真実から遠いと思います。


仕事柄、英語が話せる日本人と関わることが多いのですが、そういう方と英語で話す時に、英語の能力にかかわらず、たいてい次の2つのうち、どちらかに気づきます。
一つはその人とは英語の単語でコミュニケーションをしているということです。
もう一つはその人の話している言語と意識せず、ただコミュニケーションをしているということです。
さて、前者の状況と後者の状況とでは何が違うでしょうか。
両方とも“英語でコミュニケーションをしている”のですが、その感じは全然違います。
前者のほうは、その人が先に申し上げた「第一日本人」という意識に囚われているようです。
英語で話そうとしているのですが、本当に出てくるのは英語で偽装された日本語に過ぎません。
というのは、単語は英語で、意味は日本語だということです。
ひとつの単純な例として、先日、友人が銀行へ行った時のことを挙げてみます。
友人はある女性の行員に流暢な英語で話しかけられました。
彼女(その女性行員)が私の友達に指示したかったことは「ここに印鑑を押してください」ということでした。
辞書を引くと「印鑑」の英語訳は「personal seal」ですが、オーストラリア(友人の母国)では「personal seal」というもの自体が存在しません。
ですから「personal seal」と言われて、どういうものか分かりませんでした。
こういう場合には「インカン(印鑑)」と言って実物を見せた(示した)方が、「personal seal」を使って英語で説明するより、日本語が全く解らない人にも通じるでしょう。
その女性は、徹底的に英語は覚えたのですが、外国人の心の勉強はもう少しだったようです。


正反対の例も述べたいと思います。
去年のある面接(英語で行われたもの)の時のお話で、ある一人の女の子の印象が今でも頭に焼き付いています。
その子はあまり英語が話せませんでした。
口から出てきたのは片言のような英語でした。
知っていた単語数は足りなくて表現力も乏しかったのですが、それでも何となく私の心と通じ合いました。
なぜなら、その子は英語の能力を見せるために話したのではなく、有意義なことを私に伝えたかったのだということがわかったからです。
面白いことに「なぜこのプログラムに参加したいのですか」との質問に、彼女はこう答えました。
「私は外国人に日本の素晴しさについて教えたい。」
ほとんどの応募者の動機が「英語を習いたい」「外国に行きたい」であったという中で、
彼女の“他者に何かを与えたい”気持ちにすごく感動しました。


さて、真の国際交流を達成するのに、今日私が触れたこと以外にもできることがたくさんあります。
欧米系以外の外国人に対しての差別意識の問題を乗り越えるとか、自分と違った立場の人と付き合うとか、皆さんも他にもっと良いことを思い付かれるかもしれません。
自分なりの国際交流を深めていってください。


次に鹿児島の印象についてお話したいと思います。
国際交流アドバイザーとして鹿児島に来ることが決まった時、鹿児島のことはあまり知りませんでした。
九州の南の方にあること、さつまいもがおいしい所だということがわかっただけでした。
日本人留学生に「私は鹿児島に行きます」と話したら「えー鹿児島?田舎ですよ!」と言われました。
こういう意見を聞いて「じゃあ、見てから判断する」ことにしました。
鹿児島に来て感じるのは次のようなことです。
こんな判断が出来ます。
もちろん、大阪や東京とは違います。
別に良いと思います。
鹿児島は小さい町ではありませんが、55万人の都市という感じではありません。
日常生活の面で鹿児島は住みやすいです。
デパートやスーパーがあるし、交通もけっこう便利です。
しかし文化の面で、また美しさという面では、まだ不充分だと思います。
これほど素晴らしい歴史を持っているのに、どういうわけか京都・奈良のおまけになっていると感じます。
また、市内の道や歩道に置いてあるバイクと自転車が多すぎて、通っている人の邪魔になります。
この状態を見て“鹿児島のイメージ・ダウンになるな”と思ったことがあります。
将来、外国人観光客が増えるかもしれません。
しかし、余程しっかり観光客の誘致計画を立てておかなければ、観光客は皆、大阪・京都・福岡の方へ行ってしまいます。
現在、鹿児島市は街づくりに取り組んでいます。
私はこの運動を推し進めるスタッフの一員として、外国人の目から見た意見を出しています。
鹿児島を外国人にアピールし、鹿児島のイメージ・アップをしなければなりません。


日本は本当に素晴しい国だと思います。
欠点もありますがそれより美点のほうがずっと多い。

国民はお互いに親切で、心の広い人が実に大勢います。
そして美しい伝統的な芸能や芸術がまだ沢山残っていることはとても良いことだと思います。
それから“何かをするのならあくまで徹底的にする”という考え方が日本の文化の一部であるおかげで、本当に品質のいいものが作れます。
そして日本人は本当に向上心に富んでいると思います。
苦手なことでも頑張って、負けずに成功するまで努力します。
日本を誇りに思うに違いません。
しかし「私は日本人であることを誇りに思っています」、というよりも「私が日本に生まれたことはとても幸運なことです」という見方が大事だと思います。


皆さんにこのことを覚えていただきたいのです。
人間はお互いにどんなに異なった文化や習慣があっても相違点より類似点の方がずっと多いということをまず理解するのが重要だと思います。
そうすれば確実に国際的な人になれるでしょう。


これで私の話は終わらせて頂きたいと思います。
「私の見た鹿児島の国際交流」というテーマでしたので、私が思った、感じたことを本音でお話ししようと思いました。
私が見聞きしたことが日本の鹿児島の全てとは思いませんが、この私が思っていることや友達との話の中で実際に話されていることです。
私の意見に反論がある方もいらっしゃるかもしれませんが、私は私の意見を話すことで、皆さんが国際交流について、改めて自分で考えるキッカケになれば良いなと思いました。
ありがとうございました。