石敢当

 
『薩州鹿児島城下町々の行当,或は辻,街などには,必ず其高さ三四尺斗りなる石碑あり,石敢当という文字を彫付けたり。「いかなるゆえぞ」と所の人の問うに,「昔より致し来たれる事にて,いかなる故ということを知らず」という。』
 江戸時代の医者橘南谿が,著書「西遊記」で記した石敢当のくだり。
 石敢は古代中国にそのルーツを持つ魔よけの石標。町なかを徘徊する魔物は直進する性質があり,T字路などの突き当たりにぶつかると向かいの家に入ってきてしまうと恐れられていた。
 そこで,魔物の侵入を防ぐために道の突き当たりに石敢当が設けられた。魔物は石敢に当たると砕け散るという。
 石敢当は,山川港のある福元地区に多く分布し,琉球貿易を担った山川港の役割を偲ばせる。

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